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衣服哲学

衣服哲学

著者:トーマス・カーライル 翻訳:大山国男


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プロフィール
●著者:トーマス・カーライル(Thomas Carlyle)
1795 年12 月4 日 - 1881 年2 月5 日
石工ジェームズ・カーライルの子として、スコットランドに生まれた。父のジェームズは、腕が確かで、剛毅な、しかも喧嘩好きな人物だった。しかも信心深く、読書の嗜みもあり、機知も備えていたようだ。
カーライルの「奔放な流れるような文章」や「主としてユーモラスな効果を得るために」誇張された「箙のような言葉」などはそれを源流としていると思われる。
彼は牧師となるため、エジンバラ大学に学んだが、そのあまりの懐疑の深さからか、教会信仰を捨てざるを得なかった。そしてその後、しばらく数学の教師をしたこともあり、一時は法律を勉強して弁護士になろうとしたこともある。そのためにドイツ語を学んだが、それがドイツ文学に彼の眼を開くきっかけとなったのである。
殊に、ゲーテや当時の超越論的な哲学に深く影響され、二十三歳の時、遂に自分の天職は著作活動にあることを悟るに至った。
三一歳になって、彼はジェーン・ペェリ・ウェリッシュと結婚し、その後、クレインプトックにある彼女の小さな所有地に引きこもって、読書と思索と著述の六年間を過ごしたのである。彼の妻は機知に富んだ教養ある婦人で、熱心に彼を励まし、その仕事をあと押しした。
その後ロンドンに出てきたが、著作上の必要から、一度ならずフランスやドイツを訪問したほかは、生涯をそこで過ごした。
三五歳の時に本書「サーター・リザータス」をフレーザー誌に発表した。四二歳の時には「フランス大革命史」、六三歳の時には、実に七年間かけて「フレデリック大王伝」が公刊されたのである。
また彼が四五歳の時に講演した「英雄、および英雄崇拝」は、後に出版され、カーライルの代表作の一つとなったことはよく知られている。
彼の哲学は、冷静な哲学者の秩序整然たる著作ではなく、苦悶、懊悩を極めた魂から絞り出された絶叫の連続というものに近い。
彼は、神こそが力と正義の根源であって人間を支配していると信じていたし、理性よりも、神秘的な啓示に真理の光を求めた。彼にとっては、精神と意思が知力よりも遥かに重大なものであったのである。
彼はまた、過去を不滅のものとし、「真の過去は去りはしない、過去における価値あるものは一つとして去りはしない、人間の実現させたいかなる真理、いかなる善も未だかつて死にはせぬ、否死ぬことが出来ない」と述べている。
このため、彼は、偉人の影響というものに注目した。英雄巨人達の世界に対する支配は霊的支配であり、つまり人格化された力 (FORTH) であった。
更に、彼には一種不可思議な先見の力があった。彼の眼光は詩人のそれに等しく、科学者の散文的なそれよりも遥かに深かった。それゆえに、彼は当時の功利主義に対して徹底的に挑戦したのである。
歴史家としてのカーライルには、過去を読むにあくまでも現在の光をもってし、その強烈な想像と、絶大な描写力とは、自身で親しくその危機を踏んで来た人に見るような激情と熱をこめて、彼をしてあたかも、その伝道者のようであった。
実際、その心理的洞察が一つの啓示として彼に真理を示している場合が少なくない。彼は自分の感情を抑えることなく、代弁者らしい熱烈な口調で歴史的事実を描写するのである。
彼の最大の功績は、過去の人物に対して驚くべき、強い現実性を与えて、彼らの挙動をあたかも眼前に見るように生き生きと表現していることである。
フランス大革命の歴史を彼より公正、賢明に書いた人はあろう、しかし、その憤怒、勇ましさ、果敢さ、厭わしさを描いた点でカーライル以上に出た人は一人もない。
これは偉大な文体であり、時に雄弁に高潮し、他人のいくつもの文章よりも遥かに啓示の力に富むほんの少しの章句を生み出す。そして、それが歴史的に正しいにせよ、正しくないにせよ、どれも忘れがたい印象を残すのである。  
その上、彼の暴風のような激烈な精神がその歴史的著作に一種の叙事詩のごとき振動を与え、いつまでも動いているように見え、いかにも現実らしい渦紋と味わいを持って描かれているのを我々は見る。
カーライルは歴史家としては孤立不群である。彼を模倣することは出来ず、追随することも許されない。疑いもなく、彼の魂は、古来歴史にゆだねられた最も偉大なものの一つであった。
「サータア・リザータス」/ 柳田泉訳の中のカーライルの紹介文より抜粋。その他に、The Columbia Encyclopedia, Sixth Edition. 2001-05.より、補った。

補足:カーライルについて更に有名なのは内村鑑三が「後世への最大遺物」の中で数十年を費やして著した「フランス大革命史」の原稿を女中の不注意から一瞬にして焼かれてしまった時、再び筆を取って書き直したということである。どんなに我々がやりそこなっても、不運な目に遭っても、その時に力を回復して、その事業を諦めてはいけない、勇気を奮い起こして再びそれに取り掛からなければならないということを彼は行動によって示したのである。このことによって彼は後世に非常な遺物を残してくれたのであると、内村鑑三はカーライルを絶賛している。
参照:「後世への最大遺物」/内村鑑三

以上、訳者大山国男記


●翻訳:大山国男
1949年7月31日 茨城県に生まれる。19歳で聖書の地イスラエルに渡り、キブツでヘブライ語を習得後ヘブライ大学で「ユダヤ思想史」を学ぶ。中退して後イギリス、フィンランドに私費留学、英語、フィンランド語を習得。日本に帰国して結婚、その後、南米パラグアイに移住。スペイン語を習得。六男一女に恵まれる。一旦日本へ帰国したが再移住し現在はイグアス移住地において日系人の教育環境整備のために奔走している。

「衣服哲学」は少年時代の煩悶から始まるさまざまな人生における疑問を解明してくれた稀有の書であり、福音書とも言える。現在は先人のそのような霊感に満ちた書を、現代人に分かりやすく書き下ろすことを使命としている。
詳しくは本人のブログを参照 http://blog.goo.ne.jp/goodbook_1949/

書籍の内容
国際連盟事務次長として活躍し旧五千円紙幣でもおなじみの新渡戸稲造は、この本を何と三十四回も読み返しました。そして息子には遠益(トーマス)と名付けたというほどの感銘を与えました。

【夏目漱石】
カーライルは、私の友であり、ヒーローである。

【李登輝 台湾前総統】
非常に感動した書物として、十九世紀のイギリスの大思想家であるトーマス・カーライルの『衣装哲学』がありました。これは人生哲学を含んだ大変な名著ですが、私はそこで「永遠の肯定」という観念に触れ、人生の真の意義とは実践躬行にこそあると考えるに至りました。「躬行」とは簡単に言えば、良いと思ったら行うこと、つまり言行一致です。そしてそうした思想遍歴の中でたまたま手にしたのが新渡戸先生の『衣装哲学』の講義録だったのです。私はそれの持つ深みを知って感激しました。
講演 「台湾精神と日本精神」(2002年12年15日)

(A4サイズ 本文130頁 2008年11月30日発行)
ISBN 978-4-903465-76-0

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【本文一部紹介】

トイフェルスドレック氏の生活と意見
第1巻
第1章
はじめに
現在の我々の進歩した文化の状況について考えてみよう。学問の松明は、すでに五千年以上もの長い間、効果の多少は別として、振りかざされ、持ち運ばれて来た。特に近年、もしかしたらかつてないほど盛んに燃えたぎっているだけでなく、無数のローソクやマッチも、それから点火されて、四方八方に光を放射して来た。その結果として、自然界や芸術界のごく小さな隙間や小穴でも、照らされずに残ることができないほどになったのである。   
そのことを思うと
―衣服を主題として、哲学とか史学の面において根本的性質の書物がこれまでほとんど、あるいはまったく書かれて来なかったのは、物事を深く考える人にとっては、やや意外の感を与えるだろう。

現在の重力理論はほとんど完璧に近いものである。このような仕組みであれば、太陽系はいつまでも持ちこたえると、ラグランジュ が証明したのは、良く知られていることである。
ラプラス はさらに巧みに、太陽系は別の仕組みで創造されることはなかっただろう、とさえ推測している。
それによって、少なくとも、我々の航海日誌は、より正確に記録されるようになったし、またあらゆる形態の水上運送も、より便利に発達して来たのである。
地質学と地球構造学についても、我々は十分に知っている。ヴェルナー やハットン のような学者の仕事やら、彼らの弟子たちの情熱溢れる天才のお陰とやらで、今では、世界創造の神秘は、数多くの学士院会員 には、りんご入りのプディングを作る程度くらいのものになっている。―と言うのも、<りんごはどのようにしてプディングの中に入れられたのか?> という質問に困ってしまった人たちがいたのである。
民約論 や趣味の標準 、にしんの回遊 を扱った論文は取り上げて見るまでもなかろう。
それに、土地価格についての原則 や価値についての学説 、言語 や歴史 についての哲学、果ては陶器製作 や亡霊 、人を酔わせる飲み物 についての哲学さえあるではないか?
今日では人間の生活や環境はすべて明らかにされ、説明されてしまっている。人間の霊魂や肉体、その所有物のかけらとか、(繊維のような)組織で、証明され、分解され、蒸留され、乾燥され、科学的に分析されておらないものはほとんどない。少なからぬ、我々の精神的機能については、スチュアート 、クーザン 、ロワイエ・コラール のような学者が研究しており、あらゆる細胞、血管、筋肉の組織についても、ローレンス 、マジャンディ 、ビシャ のような人達によって、りっぱな成果が上げられている。

「ではどうして」と、深く考える人は繰り返して言うだろう。「全ての組織の中の大いなる組織であり、ただひとつの現実の組織―すなわち、ウールやその他の布地の衣服としての組織が、科学から完全に見過ごされてしまったのだろうか。
それは人間の魂が、一番外側の覆い、上っ張りとして着用しているものであり、その中に、人間の他の全組織が包まれ、保護されていて、その中で人間の全機能が活動し、人間の全自我が生き、動き、またその存在を保持しているものではないか ?
と言うのは、今日でも、そしてその時代でも、羽に傷を負い、仲間にはぐれた思想家 がふくろうのようにこの薄暗い領域をちらっと眺めることがあったにしても、たいていの思想家はまるで注意を払うこともなくその上を飛び越えてしまい、衣服を、本来備わったもの、偶然ではなく、きわめて自然で、自然発生的なものだとして、木の葉か、鳥の羽毛のようなものだと、見做して来たからである。
つまり、あらゆる思索において、彼らは暗黙のうちに人間を、衣服を着た動物だと考えて来たのだが、人間は本来裸の動物であり、ある状況の場合だけ、意図的に、また、計画的に、衣服で身を覆うのである。
「我々はあとさきを考える生物だ」 、とシェイクスピアは述べている。だが、いよいよもって驚くべきことは、我々が少しも周囲を見回すことをせず、まさに目の前で、何が起きているかを見ようとしないということだ。

しかし、ここに、他の場合にも良くあることだが、ドイツが、博学な、疲れを知らない、深く思索するドイツが我々に援助の手を差し延べようとして来てくれる。
何はともあれ、ありがたいことだ。この革命のご時世に、抽象的思想がまだ逃げ込むことのできる一つの国があるなどということは。
すなわち、カトリック教徒の開放 や腐敗選挙区の問題 、そしてパリ革命 などの騒音と熱狂とが、あらゆるフランス人、あらゆる英国人の耳を聾している時に、ドイツ人が平静にその学問の物見櫓の上に立ち、そしていきり立ち、とっ組み合っているあちこちの群集に向かって、厳かに、時間から時間へと、予め角笛を鳴らしてから、「さあ、皆さん、お聞き下さい」 と告げることができるのである。言いかえれば、正確には今、何時であるかという事実を往々にして忘れてしまっている世間一般に向かって、それを告げることができるのである。
一度ならず、ドイツ人は、無益なことに精を出すと非難されて来た。
あたかも難渋する旅の苦労以外に何の得することもない、遠回りの道に迷い込んだかのように、あるいは財政というドル箱 と、肥った雄牛を殺して人に振舞い、そうすることによって自らも私服を肥やすあの政治 を捨てて、(愚かにも)ガチョウを追いかけ 、コケモモとガンコウランの低木の生い茂っている地域に踏み込んで、遂には、遠い泥炭の沼に足を取られがちであるかのように言われて来たのである。
その馬鹿げた学問について、我が国のユーモア作家 の表現によると、
幾何学のものさしで、ビールびんのサイズを測る ような、
はてまた、実の着いていない単なる藁を力強く打っているかのように見える、
あのおおよそ見当違いの勤勉さについては、弁護の言葉は一切述べることはできない。
ドイツ人がそういう点で非難されると言うのなら、それは甘んじて受けてもらわねばなるまい。
とは言うものの、銘記しておきたいのは、ロシアの草原にも古墳と黄金の装飾品があり、また、遠くからは砂漠で岩だらけのように見える風景が、近くに行ってみると、珍しく貴重な谷間として目の前に現われる場合も多いということだ。
いや、いずれにしろ、批評というものは、(自由であるべき)人間の精神に対して、道しるべや通行料取立所だけでなく、忍び返しのついた門や越えられない柵をも立てるものなのであろうか?
聖書には「多くの者は、あちこちと走り回り、そうして知識が増えて行くでしょう」 と記されている。
確かに、当然のこととして、思慮のある人物はそれぞれにその道を行ってもらって、それがどこへ行きつくかを見てもらうべきである。
というのも、この人がとか、あの人がではなく、すべての人が人類を作り上げており、彼らの仕事の総合が人類の仕事であるからだ。
我々はいくたび、見て来たことであろうか、何人かの冒険好きな、恐らく多大の非難を浴びてきた放浪者たちが、どこか辺鄙なところにある、人には顧みられなかったが、きわめて重要な地域に光を投げかけ、そこに隠されていた宝物の最初の発見者となり、一般の人たちの目と努力が遂にそこに向けられ、征服が完了するまで叫び続けたという(歴史の)事実を!
―そうして、一見、なんの目当てもなさそうな彼の放浪中、まわりは何もない暗黒の果てしない領域に、新しい旗を立て、人の住める新しい植民地を建設したのだった。
思索は自由な進路を辿り、それがどういう方向や方法を指し示そうと、羅針盤の三十二の全方位に臆することなく向かうべきだと忠告した人(ゲーテ)は賢人であった。

おそらく、それは、発達の遅れた我が国の状態の証明となろう。すなわち、純粋科学、特に、純粋な倫理学が我々英国人の間では尊重されていないということ、そして、我が国の盛んな商業やきわめて貴重な憲法が政治的傾向、あるいは、その他実際にすぐ役立つ傾向を、英国の全ての文化と努力に刻みつけ、思想の自由な飛躍を拘束しているという事実である。
―(そもそも)衣服哲学ではなく、我が国にはそういう哲学がないという認識すら、ここで初めて我が国語で公表されるのである。
英国の知識人の誰がこのような表題を選ぶことが、あるいは、ふとそれに思いつくことができたであろうか。
しかし同じように、あの拘束されていない、世間から逃避していられるドイツの学者たちに対してさえも、あらゆる河川海洋で、あらゆる網を使って魚を採ることを認め、また薦めていなかったとするならば、この深遠な研究が、それが導くもろもろの結果にもかかわらず、いつまでも行われずじまいであったということは、十分にありそうなことだ。
編者は自分自身でも、確かに思索にふける習慣を持ち、たぶん十分に思索的な人間であることを自負していたのだが、正直に言うと、ここ最近の数ヶ月前まで、我々には衣服についての哲学がまったく欠けていると言う、上に述べたような明らかな考察をしたことがなかった。しかもこれも国外からの示唆を受けたためにほかならないのである。
すなわち、ヴァイスニヒトヴォー のトイフェルスドレック教授 から、はっきりとこの主題を論じた新著がー理解されるかどうかは別としてーどんなにひどい明き盲のような人でも見過ごしにできないような文体で到着したからである。
この人目を引く論文及びその主張は、賛否の是非はともかくとして、編者自身の考え方に影響を及ぼさずには置かなかった。
『衣服―その起源と影響』法学博士、ディオゲネス・トイフェルスドレック著、シュテルシュヴァイゲン社 、ヴァイスニヒトヴォー、1831年
ヴァイスニヒトヴォー・アンツァイガー新聞は、これについて、こう述べている。
「あの広範囲にわたる、びっしりと印刷され、緻密な思索が行なわれた類いの冊子が、ここで世に出た。それはドイツにだけ、たぶんヴァイスニヒトヴォーにだけ見られるものだと言って自慢したいようなものだ。
それは、シュテルヴァイゲン社というこれまで非難を受けたことのない会社から、装丁も、凝りに凝って出版されたので、到底無視できそうもない、内容のものだった。
「これは、好古家にも、歴史家にも、哲学的思想家にも等しく興味ある労作であり、大胆さと大山猫のような鋭い眼光と、剛健にして自主的なドイツ魂と人類愛とから生まれて来た傑作である。
それが上流階級の反感を買わずに、受け入れられないのはまちがいのないところだろうが、と同時に、それはほとんど耳にしたばかりの、トイフェルスドレックなる名前を、我がドイツの栄光の殿堂において哲学界第一級の地位へと高めるに違いないし、またそうなるであろう。」とほとんど熱狂的な評論家は結論づけている。
旧交を忘れずに、この、際立って優秀な教授は、このようにして初めて華々しい名声を博した時でも、なおそれに眩惑されることなく、著書の贈呈本を一部こちらに送って来た。
謙譲の美徳から、編者自身が書き写せないような挨拶と賛辞が添えられているが、この注目すべき論文が英国の地でも大いに迎えられるようにとの、結びの言葉に込められていそうな意味以外にはいかなる願望も希望も表明されていないのである。

【訳者より】翻訳・校正を終えて・・・・
二〇〇八年三月、南米パラグアイ帰国後九ヶ月にしてようやく最終的な校正を終えました。
ここに至るまでに三年以上の月日が経ちました。疑問に感ずる点は、納得の行くまで再考し、できるだけ分かりやすい日本語に改めたつもりです。また原文中、大文字で書き出している単語は敢えて、太字で示すことにしました。これによって、彼が何を強調しようとしていたかが、一層はっきりするようになったと思います。 
もちろん、まだまだ大思想家カーライルが何を言わんとしているのか分からない個所もたくさんあります。それでも彼のうちに湧いて来た深い思想がいくども私に感動を呼びおこしました。何が彼をしてここまで真理を直感させたのだろうかと不思議に思いました。天才とはそういうものであり、凡人の私には、その辺の消息は分かりませんが、彼の生きていた時代がそのようなものを求めていたことは確かでしょう。
ただここに、ひとつの疑問が湧いて来ました。すなわち、カーライルのメッセージは単に思想として紹介するに止まるものだろうか、と言うことです。私が思うには、思想というものは、魂に訴え、人間を突き動かすものであって、やがては社会を、歴史を変えて行くものではないでしょうか?明治のクリスチャン内村鑑三の有名な講演「後世への最大遺物」でも、その人の尊い生涯こそ後の世を変革する最大最高のものであることを高唱しています。
そうして新渡戸稲造先生は、やがて時代が変わって精神的なものを求める時代になれば、必ずこの書がもう一度読まれる時が来るであろうと預言しています。

2,000円

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